展示会など6(続き)−2012年4月

≪南蛮美術の光と影−泰西王侯騎馬図屏風の謎≫@神戸市立博物館、の続き

『泰西王侯騎馬図屏風』(神戸、サントリー)は展覧会のシンボル作品。蛍光エックス線をはじめとする科学分析で何か新しい事実が判明しているか期待していたが、図録の諸論考を読む限り、ドラマチックな成果は得られなかったようだ。ともあれ白色の材料に関する分析結果(早川論文)は興味深く読む。ちなみに図録の論考でいうと、太田彩さんと、塚原さんの論考がとくに読み応えがあった。とくに太田さんので、『万国絵図屏風』修復にまつわる諸論考の存在を知れたのはよかった。

その前に展示されている一連の風俗図屏風は、これだけ揃うと圧巻。『狩猟図のある西洋風俗図屏風』(南蛮文化館)は初見だが、海に突き出した城館は印象的。MOAのはサントリー会場のみとのことで、出ておらず残念。福岡市美のを見ていると、エジンバラで邂逅したボスの絵を思い出す。

第5章のローマ・ジェズ教会の3作品は、久しぶりのご対面。いずれもマカオ製とされるが、図録によると、元和8年殉教図の石田氏解説に「この作品は、処刑の様子を実際に目撃した日本人キリシタンが、禁教を逃れる形でマカオに渡って描いた作品として伝えられているが、実際にどこでだれが書いたかは今なお不明である」とのこと。

85『日本イエズス会士殉教図』に書かれたラテン語は、長崎に展示されていた時に必死で読んでメモをとった記憶があるが、みつからない。左上の雲の中に書かれた言葉は「[In] Pr[incipi]o e[rat] vlto[sic: verbum?]」ではなかろうか、と一瞬思ったが、そのセンは薄いだろうな。

伝信方の作品群は、いつみても不思議。

有名なザビエル像は、写真では分かりにくいが、実物をまじまじと眺めると、初期洋風画の質感が確かに感じられる。

最後の方に出ていた工芸品の中でも、とくに『天正かるた版木重箱』と『色絵うんすんかるた香合』は良かった。

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最初にも書いたが、これだけ南蛮美術の逸品が揃う展覧会はそうはないので、それらを一堂に堪能する贅沢は、他では味わい難いものがある。関係者だけではなく、一般の方にも観覧を是非お勧めしたい展覧会である。

他方、ポルトガル語ラテン語の原典資料に依拠した分析・考察や演出があまりなかったことは、少々残念。西洋に端を発する文化運動なのだから、その根っこの部分について、ソリッドな分析、象徴的な作品・演出を期待していたので。

ロッテルダムの1609年版カエリウス世界地図やローマ皇帝図集などの西洋側原典の、ヨーロッパにおける出版史的な背景や、それらが日本に来たことの16-17世紀的な意義については興味があるので、機会があれば調べてみたいものである。とくにカエリウスは、あのラテン語テキストをちゃんと読んだ人はいるのだろうか。

美術に限らず、南蛮文化を日本の博物館展示で追及することは、まだまだ難しいし、その環境が今後劇的に変化するとも思えない。先人にはなかったネットの恩恵も受けつつ、地道な海外資料調査と研究を続けていくことが重要だろう。

あと後期に出るという宮内庁の『万国絵図屏風』の天文地理学的図像群は、以前論文で少し触れたこともあるが、とても気になっている。できれば後期にもう1度お伺いして、実見したいものである。