2012年について

明日から本格的に仕事を再開するので、昨年末は忙しくてできなかった2012年という年の自分なりの総括(仕事中心)をする。

1)転職
新しい仕事への対応にひたすら苦闘した1年だった。連日授業の準備にてんてこ舞いで、特に前期は研究をする時間など皆無で、ひたすらパワポを作っていた気がする。一時期精神的にかなり疲労し、腰痛にも苦しんだが、夏休みが転機になった。あとは最後まで息切れせずにやり抜いて、来年度に向けて、改めるべきは改め、充実すべきは充実させて行く。

2)前勤務先の展示
前勤務先の博物館で、常設展のリニューアルと、孫文・梅屋展という、大きな仕事2つにかかわった。リニューアルについては、いろいろ思うところもあるが、結果は見て頂いた人に判断してもらうしかないだろう。僕は「オランダとの交流〜出島と蘭学〜」コーナーを担当したが、展示面積が減った中で、ストーリー立てやケースの配置には意を尽くした(つもり)。孫文・梅屋展は、最初は本当にどうなることかと思ったが、いろんな方のご支援もあって、自分の仕事はなんとかやり遂げることができた(と思う)。なお現在長崎では、このテーマの常設館設置の話が進んでいるという。こういうページも立ち上がっている。

3)新長崎市史の出版
『新長崎市史:近世編』に書いた原稿が出版された。詳しくはここ。実際書いていたのは一昨年(2011年)の年初から夏ころまで。震災の衝撃を自分なりに乗り越え、毎朝5時から仕事までの間に書いた。阿蘭陀通詞の学事と各種伝習所について限られた字数で通史的にまとめるという仕事で、多くの宿題や積み残しも残したが、現時点でのベストは尽くしたと思う。今年からは大村市史の執筆(のための調査)に本格的に取り組む。まずは峰源助関係資料の見直しから始める予定。

4)『測量秘言』写本にまつわる論文の出版
これは8年越し(足かけ10年!)の宿題を果たせたという意味で、自分の中で意義深い論文になった。これと同種の宿題が他にいくつかあるが、佐賀の大円分度については、一昨年にまとめることができた。もう1つ、どうしてもやらねばならない東大の写本「渋川氏記録」について、なかなか踏ん切りがつかないうちに、上に書いた峰源助の方が本格化することになってしまったかたち。SCIAMVSのPart.2も、今年中には軌道に載せたいところ。

5)デュルコープ墓碑論文の出版と、長崎と熊本の史跡
昨年出版したもののもう1つが、悟真寺のデュルコープ墓碑にまつわる論文。その後、秋口になってから、同墓碑の修復作業にも進展があった(http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/335794)。なおこの一連の仕事をきっかけに、2010年から始めた長崎の墓の悉皆調査も、男女風頭山麓については11月にひと区切りをつけることができた。これにはちょっと感動。っていうかgoogle mapの長崎上空が最近雲に覆われてしまったのは、何故?お願いだから何とかして欲しい。ともあれ、悟真寺はまだほとんど未着手だし、それ以外の地域も多く残っているので、悉皆調査までにはまだまだ道半ば。しかしやはり男女の風頭を制覇したことは、自分を褒めたい。その成果のアウトプットはまだ未知数だが、アイデアはいくつか出てきつつある。
熊本の史跡はまだまだこれからだが、夏に山鹿、宇土、天草、人吉、冬に水俣、玉名(高瀬、伊倉)を見ることができた。その他の地域や、市内各所についても、今年中には一巡りしよう。

6)天草キリシタンの論考と世界遺産
夏に天草を訪れた際に、ご縁があって、世界遺産関係の仕事に協力することになった。夏に必死になって書いて、秋口になんとか送り出したものの、時間的にも資料的にもかなりのエネルギーを費やした。が、その分、熊本の歴史について本気で学ぶ得難い経験になり、2012年でもっとも思い出深い仕事になった気がする。成果はいずれ文化庁への報告書に反映されるだろうが、個人の論考としても、いずれ紙媒体やネットで公開したい。

7)立教シンポとミクロコスモス第2号の原稿
前期が終わってようやく自分の時間ができてから、上の天草の仕事と並行して、かねてからBHのヒライさんに提案してもらっていた、この論文のリライト作業に取り組んだ。なんとか夏休み中にまとめることができ、胸をなでおろす。
結局2分割することにし、旧稿の第3節にあたるキリシタンのパライソ(天国)をめぐる問題については、7月に立教で発表する機会を頂き、さらに単発論文にまとめなおした。タイトルは「イエズス会キリシタンにおける天国(パライソ)の場所」で、おそらく今年中に、中央公論社から出版される予定。それ以外(第1・2節)についても、ヒライさんのミクロコスモスの第2集用にまとめなおす。こちらの方が時間がかかったが、博論の1つのコアになった重要な論証なので、丁寧に作業する。これについてはまだ学会発表していなかったので、12月に上智キリシタン文化研究会で発表させて頂いた。とくにこの原稿をめぐっては、編者のヒライさんや他の寄稿者の皆さんに迷惑をかけしてしまった。深く反省している。そのことに気付かせてもらっただけでも、立教で発表の機会をもらえたことは僥倖だった。くわえて立教では、根占献一先生や折井善果さんとも面識を得ることができた。
これらの仕事や出会いは、まったくヒライさんとBHの活動のおかげである。ヒライさんはつい先日日本学術振興会賞を受賞され、今後のプロジェクトも目白押しで、まさしくBHは今年「収穫の季節」を迎えることになる。長年お付き合いしてきた身としては、まことに喜ばしいことである。

8)サンミョンとの交流と日本の英学小稿
夏に勤務先の提携校である韓国のサンミョン大学との学術フォーラムで発表した。2泊3日の弾丸ツアーだったが、その時の発表原稿を、勤務先の『文彩』という雑誌に掲載予定で、年度内には出版されると思う。タイトルは「日本における英語研究のはじまり(1808-1862)」。これも昨夏にまとめた。

9)展示
4月から今のところ50弱ほどしか見れていないが、ともあれ今後もできるだけ多く見ていきたい。今のところ一番印象に残っているのは「南蛮美術の光と影」@神戸市博か。渋いところでは、「細川家の婚礼」@熊本県美もよかった。年度内に100まで行けるだろうか。

10)出版物まとめ
以上のように、昨年の出版物はやや少なめで、下の3つ。

長崎市史編さん委員会編『新長崎市史:第二巻 近世編』(長崎市、2012年3月)。
※執筆項目:第8章第4節第1項「阿蘭陀通詞の学芸」、同第2項「紅毛流医・阿蘭陀通詞」、同第3項「阿蘭陀通詞の辞書類の編纂」、第9章第2節第1項「海軍伝習所とその変遷」、同第2項「医学伝習所とその変遷」、同第3項「英語伝習所とその変遷」、同第4項「活版伝習所とその変遷」、同第5項「致遠館とその変遷」 。

平岡隆二「「測量秘言」の写本について」、『長崎歴史文化博物館研究紀要』第6号、2012年3月、43-56頁。

平岡隆二「出島商館長デュルコープ墓碑について」、南島原市教育委員会企画、大石一久編『南島原市世界遺産地域調査報告書 日本キリシタン墓碑総覧』(南島原市教育委員会、2012年3月)、585-591頁。

熊本での仕事が出るのは今年からになるだろう。

まず上にも書いた1)『文彩』のサンミョンフォーラム原稿、2)中公の立教シンポ原稿(多分)、3)ミクロコスモス第2集(おそらく?)、あとこれ以外にも、4)勉誠出版の長崎関係の論集に、博論のエッセンスをまとめた論考「南蛮系宇宙論の成立と展開」と、コラム「「慶賀魚図」とシーボルト・ビュルガーの日本魚類収集」の2本を書いたが、これも多分今年中に出ると思う。

最後に、今年はいよいよ初めての単著となる5)『南蛮系宇宙論の原典的研究』(花書院、2013年3月出版予定)が出る予定。現在、鋭意校正中。

内容はハードコアな研究書ですが、キリシタンや、天文学の歴史、東西の科学文化に興味がある方は、是非手に取って見て頂ければ嬉しいです。詳細が決まったら、改めて報告させて頂きます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。